一遍と今をあるく

哲学カフェ一遍

2016年05月10日

「命(めい)」を知らざれば 青野勝広

B.ラッセルとその死生観

挿絵(Y.Murata)
B.ラッセル(1872~1970年)は、無神論者として知られている。「なぜ私はキリスト教徒ではないか」(1927年)において、キリスト教徒であるためには、キリストが神であることと霊魂の不滅を信じなければならないが、ラッセルは、その2つとも論証できないと述べている。

2016年05月10日

いまを生きる 小沼大八

座法(四)

挿絵(M.Nyuunoya)
およそ、自分のこころほどわれわれにとって、手に負えぬものはあるまい。もとより、心理学などという学問を学んだぐらいで、理解のとどく相手ではないのだ。わたしのものでありながら、決してわたしの思いどおりにならない。

2016年05月02日

宇和島歴史紀行 近藤俊文

英艦隊来航までの経緯 それはグラバーから始まった

五月二十一日には横横浜を立って、廿四日には下関で高杉晋作、伊藤色俊輔に逢った後、パークスは長崎に行くのです。五月二十七日に長崎へ着き、六月三日鹿児島藩家老新納刑部(ロンドン帰りの人)に合い、その足で鹿児島に行って、それから宇和島に来るんですよ。

2016年05月02日

いまを生きる 小沼大八

座法(三)

挿絵(E.Kudou)
こころとからだの関係は本来、どんなしくみにおいて成り立っているのだろうか。最近の医学や哲学が出合っている新たな課題のひとつである。

2016年04月22日

いまを生きる 小沼大八

座法(二)

挿絵(K.Nishikawa)
どこでなにをするにしろ、こころ落ち着いて事に当たることほど大切なことはあるまい。こころが散乱していては、よい智恵なども沸くはずがない。

2016年04月18日

風信録

病気腎移植が先進医療の審査へ(愛媛新聞から転載)

 宇和島徳洲会病院が再申請・厚労省受理の方針
腎臓がんなどの患者から摘出した腎臓を腎不全患者に移植する「病気腎(修復腎)移植」について、厚生労働省は14日(平成28年4月)までに、先進医療の適用を求める宇和島徳洲会病院(宇和島市)の再申請を受理する方針を固めた。6月にも同省部会で有効性や安全性などを審査する。

2016年04月14日

いまを生きる 小沼大八

座法(一)

挿絵(M.Shigematu)
教師という職業柄、日頃、若者たちとよくつき合う。時には、タタミの上に同座する機会などにも恵まれる。そんな時、いつも気になることがひとつある。かれらの座り方である。

2016年04月14日

風信録

追憶と未来

私は平和が第一と思う
目を閉じればかなり向こうから、和服の体格の良い老人がよろよろと近づいて来る。そのうち「おじいちゃん!」と駆け寄ると、老人はひらりと身をかわして、「お面!」と私の頭を打つ。祖父も私も未だに武士の気風が抜けていない。

2016年04月14日

宇和島歴史紀行 近藤俊文

プリンセス・ロイヤル号はどんな戦艦だったのか、その意味は?

パークスの砲艦外交が孝明天皇の安政条約勅許と江戸幕府の改税協約を引き出した

2016年04月04日

「命(めい)」を知らざれば 青野勝広

B.ラッセルと3つの情熱―「愛」について

B.ラッセルは、1872年に祖父が首相を2度務めたようなイギリスの名家に生まれ、1970年に97歳で死去した。若くして数学・論理学の分野で輝かしい成果を残したが、反戦論者として、ケンブリッジ大学を追われ、1918年には、4か月半の間、投獄されている。