2016年05月26日
「命(めい)」を知らざれば 青野勝広
礼儀について
挿絵(M.Horibe)
あの人は「礼儀正しい」とか、「礼儀を知らない」といったことばをよく聞く。
礼儀とは、一体、何であろうか。
2016年05月26日
時事随感 難波紘二
胃酸とピロリ菌
挿絵(t.hoshi)
5/5「毎日」が「科学」欄に「ピロリ菌原因、胃がん以外も」という記事を載せていて、のけぞった。この人は小保方晴子と同じ「早稲田理工学部」卒だが、医学に対する基本知識がまったくない。
2016年05月24日
風信録
病気腎 先進医療審査へ
腎臓がんなどの患者から摘出した腎臓を腎不全患者に移植する「病気腎(修復腎)移植」について、厚生労働省は14日までに、先進医療の適用を求める宇和島徳洲会病院(宇和島市)の再申請を受理する方針を固めた。6月にも同省部会で有効性や安全性などを審査する。
2016年05月17日
いまを生きる 小沼大八
座法(五)
挿絵(H.Mizumoto)
座は行儀をうるさくいう。そんな座る作法をいま仮に、座の文化と呼んでみよう。親ガメの背にのる子ガメのように、仏教文化の背中にのって、わが日本まで渡来した、インド文化のひとかけらではあるまいか。前回はそんなよしなしごとをいささか書きつづってみたつもりだ。
2016年05月16日
「命(めい)」を知らざれば 青野勝広
B.ラッセルの『幸福論』
挿絵(Y.Murata)
世の中に幸福を論じた書物は多い。その中には、特定の信条や宗教を信じることによってのみ、あるいは、精神修養を積み、特定の境地に達することによってのみ幸福が得られるといったものも少なくない。
2016年05月13日
宇和島歴史紀行 近藤俊文
松根圖書の機敏で深謀遠慮にとんだ行動
パークス・圖書の行動はすばやかった
さて、慶応二年(一八六六)に戻りまして、五月十三日に江戸で「江戸協約」を結んだパークスは、その足で長崎に来る。六月四日においねさんが、「松根図書がたまたま〈天保録という名の蒸気船〉を買いに行っておったから長崎に居た」というのは半分は嘘で、おそらく、前もって図書が五代と元治元年の年末に会っていますから、その辺でおそらく話が煮詰まっていたのでしょう。
2016年05月11日
時事随感 難波紘二
里山の夕暮れ
4/10(日)は新聞書評を読み、めぼしいものを切り抜いた後、16:00前から「文藝春秋」5月号を読みながら、母屋のベランダで過ごした。リビングの硝子戸の滑りが悪いので、外階段からアプローチした。西側の繁みの中で、ウグイスが盛んに鳴いている。
2016年05月10日
「命(めい)」を知らざれば 青野勝広
B.ラッセルとその死生観
挿絵(Y.Murata)
B.ラッセル(1872~1970年)は、無神論者として知られている。「なぜ私はキリスト教徒ではないか」(1927年)において、キリスト教徒であるためには、キリストが神であることと霊魂の不滅を信じなければならないが、ラッセルは、その2つとも論証できないと述べている。
2016年05月10日
いまを生きる 小沼大八
座法(四)
挿絵(M.Nyuunoya)
およそ、自分のこころほどわれわれにとって、手に負えぬものはあるまい。もとより、心理学などという学問を学んだぐらいで、理解のとどく相手ではないのだ。わたしのものでありながら、決してわたしの思いどおりにならない。
2016年05月02日
宇和島歴史紀行 近藤俊文
英艦隊来航までの経緯 それはグラバーから始まった
五月二十一日には横横浜を立って、廿四日には下関で高杉晋作、伊藤色俊輔に逢った後、パークスは長崎に行くのです。五月二十七日に長崎へ着き、六月三日鹿児島藩家老新納刑部(ロンドン帰りの人)に合い、その足で鹿児島に行って、それから宇和島に来るんですよ。