2016年10月26日
宇和島歴史紀行 近藤俊文
村松恒一郎が伝えたかったこと
さて、最初に出た村松恒一郎です。彼はこういう結論をも出していたのです。村松が書いたかどうか分かりませんが、編集責任者となっているこの『鶴鳴余韻』には・・・
2016年10月17日
宇和島歴史紀行 近藤俊文
美々しい行列はどこを練ったか
来航イギリス人一行が樺崎(かばざき)御揚場(おあがりば)に上陸して南御殿に至るパレードの通行路を、宇和島城下図に書き込んでみました。それはそこに展示してあります。
2016年10月05日
宇和島歴史紀行 近藤俊文
いよいよ正式訪問行事が始まった
二十八日が正式訪問で、大砲をゴンゴンお互いに撃ち合いして…。午後にパレードをやってます。
総勢百人を超えてますよ。先頭に足軽の兵隊がライフルー上等の鉄砲ですーを担いで並んで行進、その先には乗馬で物頭入江佐吉が立ち、ライフル兵隊の後に松根図書の息子の内藏―のちの権六ですーが、騎乗で英士官の馬列の前を行く。