一遍と今をあるく

哲学カフェ一遍

2017年04月26日

寒来暑往 八木亀太郎

7  印度青年キショール君 (二)

たしかこのボースさんの紹介だったと思うのだが、ある日、一人の印度青年が私を訪ねてきた。これが表題のキショール君である。

2017年04月25日

時事随感 難波紘二

医学資料館あるいは医学博物館の役割

この話を「雑誌ミクロスコピア」に書いたら、朝日新聞のOBである科学ジャーナリストに「150年前の標本から細胞の分化抗原を検出できるとは!」と驚かれたことがある。ホルマリン漬けの臓器やパラフィン・ブロックは病院における「もうひとつの文書館」なのである。

2017年04月21日

寒来暑往 八木亀太郎

7  印度青年キショール君 (一)

ボースさんに私が初めて会ったのは、彼が『お茶の水アパート』に居住していた頃で、私もまだ学生だった。

2017年04月13日

時事随感 難波紘二

腎移植の話題

マイノ教授の口からあるエピソードを聞いた。「コラゲン線維にも収縮能があると思っていたが、ハーバード大医学部の学生コスタン・ベラード(私の恩師)が私の実験室で行った研究では、ラットを使った手術が非常に上手だったので、収縮がまったく起こらなかった」という話だ。この実験でマイノ教授は「コラゲン線維の収縮説」を捨てたという。

2017年04月06日

宇和島歴史紀行 近藤俊文

日本のあけぼのー伊達宗城公の足跡をたどるⅩ

退助と云い、象二郎と云い、綱と云い、もちろん茂も含め、やはりこの時期の土佐っぽは大物ぞろいだ。ひとり、宗城公を除いて、伊予は土佐の豪儀さにはかなわない。