一遍と今をあるく

哲学カフェ一遍

腎移植の話題

「四国新聞」一面コラムで瀬戸内グループの腎移植が日本一であることを取り上げている。累積1167例という万波誠さんの腎移植は「ギネスブック」ものだが、残念ながら市立宇和島病院は建てかえに際して、古いカルテを全部破棄したので、三好ナースの手帳メモの記録しか残っていない。この手帳は私物なのに市立宇和島病院が借り受け、「紛失してしまった」という。意図的ではないかとも思う。(添付記事:四国新聞のコラム)

その点、私が病理医として勤務していた時代の「国家公務員共済組合・呉共済病院」の院長岡田啓成先生は立派だった。

カルテは永久保存とし、長野県に倉庫を借りて古いカルテはそこに保管していた。通院患者のカルテは病院内に電動式の保管庫があり、氏名別に整理保管していて、すぐに出てきた。

 

マサチューセッツ州医師会の医学誌「ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディスン」(週刊)が、ハーバード大附属病院「マサチューセッツ総合病院」(1821年開院)の入院第1号患者のカルテと病理解剖記録を保管していて、誌上で「臨床・病理カンファレンス(CPC)」を開いたのを見て仰天したことがある。今、巻号までは憶えていない。「アメリカ建国二百周年記念CPC」で、いずれも一流の内科教授と病理学教授が複数加わっていた。このメイン参加者に、後にハーバード大病理教授からマサチューセッツ医大の病理学教室チェアーマンに転じたグィド・マイノ教授(外科病理学の権威)がいた。後に「癒やす手(Healing Hand)」という外科学の歴史について名著を書いた。この本はいまだに邦訳が出ない。嵩張るので英語のペーパーバック版が書庫にある。

 

マイノ教授の口からあるエピソードを聞いた。「コラゲン線維にも収縮能があると思っていたが、ハーバード大医学部の学生コスタン・ベラード(私の恩師)が私の実験室で行った研究では、ラットを使った手術が非常に上手だったので、収縮がまったく起こらなかった」という話だ。この実験でマイノ教授は「コラゲン線維の収縮説」を捨てたという。その後、「筋線維芽細胞」という特殊な細胞があり、これが深い傷口の収縮に関与していることが発見された。