一遍と今をあるく

哲学カフェ一遍

英国のEU離脱と政治家の責任

ここ数か月、英国のEU(欧州連合)からの離脱の是非を問う国民投票を巡って激しい論争がなされた。英国2大政党の保守党と労働党党首、ロンドン市長は、残留を訴え、前ロンドン市長や少数政党の独立党党首は、離脱を強く主張した。6月24日の開票結果は、離脱支持者が51.9%を占めた。この国民投票は、いろいろな問題点を提起(ていき)していると思われる。第一に、この国民投票とその結果は、政治家の思惑(おもわく)が大きく作用していることである。この国民投票は、キャメロン首相が支持基盤を確立するために、前の選挙で公約し、実施したものである。離脱の旗振りをしたジョンソン前ロンドン市長(保守党)は、もともとは、残留支持であったが、首相の座を狙って離脱支持に回ったと言われている。また、コ―ベン労働党党首は、積極的な残留支持活動を行わず、大多数の労働党議員から不信任されているが、辞任を拒否している。

eu離脱第二に、この国民投票の結果は、世代間や地域間の利害の差を際立たせ、元に戻すことを困難にしたことである。34歳以下の若い世代では、EU残留支持者が多く、高齢世代ほど、離脱支持者が多かった。また、首都ロンドンやスコットランドでは、残留支持者が圧倒的に多く、北アイルランドでも残留支持者が多かった。若い世代は、大学進学率も高く、EU諸国内の大学に入学でき、交流できることの利点を実感していた。高齢世代は、移民、特に旧東欧系の移民に自分たちの仕事を奪われていると感じていた。

残念なことに、EU残留支持、離脱支持のいずれの政治家も英国の利害のみを強調し、それが、世界の諸国に及ぼす影響が語られなかった。英国は、世界第五の経済大国であり、英国のEU離脱は、EU諸国だけでなく、全世界に大きな影響を及ぼす。「EUを離脱すれば、拠出金の週当たり3億5千万ポンド(約480億円)を国営医療制度に充てられる」という虚偽の宣伝をした政治家の責任は重い。また、残留支持と言いながら、活動しなかった政治家の責任も大きい。

特定の産業を保護する正当な理由がない限り、「自由貿易は、各国に利益をもたらす」という経済学の基本原理が忘れられ、他国を犠牲にしても、自国の利益や自己の利益になればよい、といった考え方が広がれば、国家間の対立は激化し、世界経済は縮小する。庶民出身ながら名門ケンブリッジ大学を卒業し、身を挺して難民問題に取り組み、英国のEU残留を訴えたジョー・コックス議員は、将来を嘱望されながら42歳の若さで、夫と2人の子供を残し、「英国第一」を名乗る男に殺害された。死者は、何も語れない。世界の将来について展望を持ち、情熱を持って行動し、自己の言動に責任を持つのが、政治家の最低限の責務ではないだろうか。