一遍と今をあるく

哲学カフェ一遍

6南無 岡田顕三翁   (七)

(七)

次の週には岡田家から私の下宿へ迎えの車がきた。岡田翁の計らいであったのか、高見先輩の懇請によるものであったのか、それは知る由もない。運転手の話では、本郷から代々木まではずいぶん遠いですから、どうぞご遠慮なく、とのことだった。相当な期間、往復とも好意に甘えていたが、書生の分際で僭越に過ぎると猛省し、それだけは固辞したが、ひどい雨の日などには車を出して頂いたこともあった。

岡田さんは昭和十一年に九段の靖国神社の裏の方に新築して移転されたが、そちらへも長らくお伺いしたから、小生も結婚をはさんで前後五カ年あまり岡田家へ出入りしたことになる。令息が横浜高工に入学してからも引き続いて英語を教えた。バートランド・ラッセルの『科学概論』という分厚い本を読んだが、この本によって私は大いに啓蒙され、爾来、ラッセルに深い関心を寄せるようになった。一九六七年版のラッセルの自叙伝を先年、若いころの岡田家のことを想起しつつ、心をときめかしながら読んだ。同署に収録されている晩年の心の支えであったエディス夫人への手紙、サンターヤナやタゴールと交換した書簡などを味読していると、この孤独だった科学者の不幸な、しかも偉大な境涯に対して、とめどもなく涙がこぼれた。春秋の筆法に託して、これも地下の岡田翁の私に対する無形の感謝の言葉であったのだと考えている。