一遍と今をあるく

哲学カフェ一遍

十五の春を泣かすな~メディアは真相の報道をせよ

広島県府中町はかつて「安芸郡」に属し、周囲の安芸町、海田町、瀨野川町などと同じ郡だった。他の町は「平成の大合併」で広島市と合併したので、いまは大広島市の中に浮かぶ人口約5万人の孤島である。町立中学は「府中中学」(1947創立)と「緑ヶ丘中学」(1980創立)の2校がある。JR山陽線下りの広島駅行に乗ると向洋駅と天神駅の間で、線路の直ぐ北側、低い丘の上に「緑ヶ丘中学」の校舎が見えてくる。かつては田園地帯だったが、70年代に丘の中腹に団地が造成され、マツダの工場や本社があり、都市化が進んだ。法人税収が多いため合併しない。広島市の中の孤島「府中町」はこうして誕生した。

「十五の春を泣かせない」。高校全入問題に取り組んだ京都府知事蜷川虎三(1897-1981)の名文句だ。だが府中町では取り返しのつかない悲劇が起こった。3/8の初報以来、各紙の記事を読んできた。「産経」は、初日は記事がなかったが、以後はポイントをついた客観的事実を報じてきたように思う。特に3/14の「総括報道」では「4つのミスの複合による人災」と簡潔に要約している。

この要約によると、以下の四大ミスがある。

第一、2013/10/6(日)に発生したコンビニでの万引き事件(2名)で、対応した日直教師が、翌日生徒指導部教諭に生徒の名字のみを口頭で伝えた。生徒指導の教諭がパソコン入力する際に、名字が同じ無実の生徒の名前を錯誤入力した。同年10/8の生徒指導委員会で氏名の誤りが指摘されたが、元データが修正されなかった。(この当時の校長は現校長である。校長がこの事件について対応教員から報告を受けなかったとは考えがたい。)

第二、共有サーバの「生徒指導資料」の元データ未修正というミス。これについて3/10「毎日」は、元データは修正され学校共有サーバに保存されたが、訂正前資料も同じサーバの別フォルダに共存されていた、と報じている。(3/10「毎日」)

事実とすれば同じサーバ内に新旧二つのフォルダが共存し、後者に誤記ファイルがあった。(つまり旧フォルダが削除されていなかった。)2015年11月になって「進路指導」が始まった。このため「1・2年時」の触法行為が問題になると考えたD教諭(3/11「朝日」の表記)が、11月12日、サーバ中の旧「生徒指導資料」を印刷し、学年主任S(2009~在任。1組担任、陸上部顧問)に渡した。これは「誤って」の行為だと、どの新聞も書いていない。

第三、2015/11/20の「校長推薦基準」の変更である。従来は「3年時の触法行為」のみが問題だったのに「1年時まで遡っての触法行為」を問題とした。(日付は3/13「朝日」による。「産経」は期日を明記せず。)学校の「調査報告書」によれば11月12日、旧「生徒指導資料」を読んだ、2組担任の女性教諭Sは、後に自殺した少年の非行記録を初めて知り「たいへん驚いた」という。

進路指導は通常1学期から始めるが、この年の指導が11月まで遅れたのは、「進路指導担当の教諭が退職した際に、今年度の担当教師と引き継ぎがなされず、推薦基準に達しているかを判定するソフトの使い方を誰も知らなかったから」(3/13「毎日」)という。

「最終的に去年11月に学年主任が校長に進言し、変更が承認されました。」(TBS)という。この学年主任は陸上部の顧問でもあり、「誤記録」を含む旧「生徒指導資料」を1年時まで拡大すれば、陸上部の少年A(自殺した少年)が推薦枠から排除されることは承知していたはず。「新指導資料」には同じ陸上部で実際に1年の時に万引きした少年Bの名前が含まれ、少年Aの名前はなかった。なぜ学年主任が誤記録に基づいて、校長に進言したのかが不明だ。

学年主任は推薦枠からはずれる19人の生徒を選りだし、6人の担任に調査を命じた。

机 第四のミスは、この女性担任が頭から少年Aが「万引きをした」と思い込んでおり、「あ、はい」という返答を「万引きを認めた」と誤認し、推薦ができないと指導したことにある。新推薦基準の決定は11/20に行われたので、担任Sによる少年Aへの正式な聞き取りは3回(ca.11/26、12/4、12/7=自殺前日)しかなかった。いずれも廊下での立ち話だった。

「産経」の主張と私の意見は異なる。これは単なる「複合ミス」ではない。

この4つのミスはいずれもそれ自体が複数の単純ミスの集合から成り立っており、確率計算をすれば「偶然の累積」とはちょっと考えにくい。何らかの「作為」が感じられる。

過ちの最大のものは、「法治主義の精神」がちっとも尊重されていないところにあると思う。憲法第39条に規定する「遡及処罰の禁止」はどこへ行ったのか?なぜ15年11月になって「1年時の万引き」が非推薦の規準に含められたのか?これは校長の責任である。

また同31条はペナルティを科すにあたり、「法定手続きの保証」を定めている。冤罪を防ぐための措置だ。1年時の担任に聞けばすぐわかることなのに、これを遵守せず、本人から十分に真相を聞き出すこともなく、「万引き犯」と決めつけたのは担任の責任である。公務員が憲法の精神を忘れたら、その国は終りだ。校長の無定見と担任の思い込みがなければ、事件は起こらなかった。

少年Aが自殺した翌日12/9になって直ぐに「冤罪」が判明。さらに校長はすぐに「新推薦基準」を元に戻し、真犯人の少年Bに12/22推薦状を出している。あまりにもできすぎた話で作為性が見え見えだ。全体の構図は「少子高齢化」が進むなか、定員枠の充足を求めて私学が推薦に頼る「逆AO入試」が支配的になりつつあることが基本だと思う。小保方の「早稲田AO入試」と同じことだ。日本は病んでいるとしか思えない。同じことがまた繰り返されるだろう。

「十五の春を泣かせないよう」に、メディアはしっかりと真相を報道してほしい。