9 南溟の友スジョノ君
(三)
スジョノ君は夫妻で外語に招聘(へい)(1)されていたが、いずれもジャバの名門の出で、いわばジャバの貴族である。森さんの話では、従来マレー語の先生は独身者だったが、日本人のメードが必ず本人について向こうへ行ってしまうというジンクスがあり、学校も責任上、妻帯者にしたのだとのこと。
日本人そっくりのスジョノ君と私とは、何となしに気脈(2)が相通じ、急速に親しくなった。彼は青年の頃オランダに留学し、オランダ語はとくに堪能だったが、独乙語も少しできた。
その後週一度私が外語へ行くと、いつも前述の、よく言えばロビーで、悪く言えば百軒長屋(3)で彼に会った。ある日一枚の写真を持って、私の座席にやってきた。にこにこしながら、『見て下さい』という。キャビネに伸ばして台紙を付けている。見ると、三十人ばかりの若い人が映っている。『県人会の写真かな』とたずねたら、在京のジャバやマレーの人達のあるパーティーでの記念撮影だとのこと。顔だちがすっかり日本人らしいので、私はまさかと思って、びっくりした。
[1] 礼儀を尽くして丁寧に人を招くこと。
[2] 気持ちのつながり。
[3] 何軒も長く棟が続いている長屋。