一遍と今をあるく

哲学カフェ一遍

9 南溟の友スジョノ君 (二)

9 南溟の友スジョノ君

(二)

昭和十二年、八杉貞利先生の紹介で、私は外語で音声学の講師を勤めることになった。当時ここの会計課に森の長さんという課長がいた。五十がらみの人で松山の出身だった。同郷ということで非常に親切にしてくれた。話好きの人で、月に一度、手当を受取りに行くと、『まあ一服しておいきな』と松山弁で、郷里の昔話などを聞かしてくれた。長さんは県中出身だったが、僕は北中だったので、『あしらの頃には、県中と北中がよう喧嘩してなあ、下校の時なんか、北中が待伏せしとるちゅうので、遠廻りをして帰ったりなあ』といった話もよく聞かされた。『あんたの師匠の藤岡さんは会計へ金を取りに来ると、いっつもご機嫌で、一日中座り込んで世間話をして帰った。風変りの面白い人じゃったなあ』などと、会計課から見た人物評論も森さんの得意な話題だった。

昭和十三年、例によって森さんと話をしているところへ、一人の貴公子然とした紳士が現れた。年の頃三十四、五、顔の色はやや黄灰色だが、瓜実顔で眉目秀麗、かすかに香水の匂いがする。長さんが改まって二人を紹介してくれた。これがマレー語のスジョノ先生だったのである。