一遍と今をあるく

哲学カフェ一遍

「STAP細胞」への最終コメント

6/6号に【書き込みを読んで6/1】と題して、<Unknown (Unknown):2016-05-31 18:26(ES氏)>の質問に丁寧にお答えしたら、1週間に160件以上の書き込みがあって驚いた。

どうもES氏はSTAP細胞の信者で、私からあえてコメントを引き出すのが目的だったようだ。ねらいはSTAP細胞についての「書き込み場所」を設けることにあったのかも知れない。

 

img433今回の書評で取り上げた、黒木登志夫「研究不正:科学者の捏造,改竄,盗用(中公新書)は、「研究不正事件」は、1.研究費のむだ遣いだけでなく、2.追試のための費用、3.調査のための費用が,投入された研究費と同額かそれ以上かかることを指摘し、時間と経費の面で科学者コミュニティに膨大な損害を与え、科学の進歩を妨げるので許されない、と述べている。

私はこれに「科学的知識のあまりない一般市民の興奮を生みだし、それが商業主義に利用されることのバカらしさ」を付け加えたい。これも国民経済の観点からみると、膨大な時間とお金のむだ遣いを生みだす。

<Unknown (Mr.S)氏:2016-06-11 07:46=

まんだここで擁護するのは良い方だよ。稼ぐのが目的で擁護する輩に比べれば面白い。

ロス疑惑の三浦和義氏が自殺した時も、陰謀説を唱えて何某かを売ろうと企てる輩がいて、それはすぐに鎮静化したけどね。事件が古すぎたせいもあってタイムリーではなかったんだろうけど、STAPはまだまだ新鮮さが残っているから、稼ぐチャンスはあるんだよ。>

と書いているが、同感だ。フリーライターの生活は苦しい。STAP擁護本が売れるのを期待している向きもあるだろうと思う。それも擁護派の書き込みが増えた一因かもしれない。

MR.Sは冠状動脈のステントと「糖質制限食」のおかげで、順調に暮らしておられるようで何よりだ。

もうひとつ「Mr. S」というハンドルネームがあるが、これは上記の「Mr.S」とは別人らしい。

 

私は黙ったまま、書き込みの流れを観察していたが、STAP細胞の存在を擁護するES氏の意見が多くの書き込みであっという間に、完全に論破されたと思える。「国民感情法」が支配する韓国では「韓国にも科学ノーベル賞がほしい」という国民感情の流れで、「ES細胞捏造」のファン・ウソクが復活したので、私の危惧は日本でも小保方が同じ流れで復活することにあったのだが、さすがに日本の知的市民層の成熟度は韓国の比ではない、と安心した。

 

渋谷一郎「STAP細胞はなぜ潰されたのか:小保方晴子『あの日』の真実」(ビジネス社)は、帯の履歴を見ると、どこかの大学の電子工学科を出て、電気関係の出版社に勤務し、フリーのジャーナリストになった人物だ。この本は『あの日』の内容のダイジェストと独自の「小保方擁護論」を含んでいる。小保方STAP細胞が「別の勢力による罠」により潰されたという主張をしている。これは一種の「陰謀史観」である。(陰謀史観については、秦郁彦「陰謀史観」、新潮新書、2012/4を参照願いたい。)

 

渋谷の本には、「STAP幹細胞」と並んで「FⅠ幹細胞」(P.58,59,60,76,77)という用語と「F1系統」(P.114)、「遺伝子型(1298B6F1)」(p.114)と「F1」という用語も用いている。このFⅠとF1の用例は、著者が本当に生物学を理解しているかどうかのリトマス試験紙となっている。

著者の記述を引用する。

若山氏が小保方に129系統の子マウスを渡し、彼女が作製したSTAP細胞を受け取り、2株のSTAP幹細胞を樹立した。STAP疑惑発生後に若山氏が、

「その2株の遺伝子を調べたところ、129系統ではなく、1株はB6系統、もう一株は129とB6の二つの系統のマウスを交配させた遺伝子型(129B6F1)だったと発表した。129系統もB6とF1の系統もES細胞の作製に広く使用されたいたものだった。」(P.114)という箇所。

 

渋谷はここで「F1」をマウスの系統と理解している。しかし、高校生物学を習った人なら「F1」が「雑種の1代目」を意味することは自明である。B6や129は確立された純系マウスの系統名だ。付言するとFはラテン語のFilial(子孫)の略号で、F1は第1世代、F2は第2世代を意味するのが、遺伝学の約束ごとだ。「1298B6F1」という表記は1298系統とB6系統の雑種1代目(F1)という意味だ。

F1は雑種の世代番号であり、それを「ⅠないしI」に置き換えた「FⅠ幹細胞」など存在しない。ましてそれをSTAP幹細胞、ES細胞と同列の「術語」として使用するなど、遺伝学と生物学の基礎知識に欠けているとしか言いようがない。

こういう人が書いた「STAP細胞が存在したことは明らかだ」(P.76)という文章などまったく信用に値しない。理研の報告書は「STAP様細胞」という言葉を使っているが、ネイチャー論文に使われている「STAP細胞(Stimulus Triggered Activated Pluripotent Cell)」は存在しなかったというのが報告書の結論だ。1回でもSTAP細胞を樹立していれば、「STAP細胞はあったが、STAP幹細胞はなかった」という結論になったはずだ。

 

1970年代のユリ・ゲラーの「超能力」によるスプーン曲げ事件、1980年代後半の「血液型・性格占い」流行事件など、一旦メディアが大々的に報じた事件は、正体がばれても「揺り返し」が起こるのが通例である。また、ユリ・ゲラーも竹内久美子も、インチキがばれても決してそれを認めないし謝罪もしない。科学史を見るかぎり、研究捏造事件でも同様である。

 

元もと私はSTAP事件については「修復腎移植」のPRを目的に発言した。

幸い6/6「愛媛」が修復腎移植について、患者団体の動向を好意的に報じている。

その意味で、所期の目的は達したと考えている。

STAP事件も、ほとぼりが冷めるまでまだしばらくかかるだろう。私は証拠に基づいた真面目な質問には応対するつもりだが、もうSTAP問題にはこれで発言を止めたいと思う。

 

小保方の性格について、西川伸一氏が<「自閉症」や「サバン症候群」などの状態を、精神の多様なあり方の一つとして理解するNeurodiversity(神経多様性)の概念が欧米で広がっている。>と述べ、いわゆるサイコパスと理解しているようだ、ということを前号に書いた。

これに触発されて神経内科医(コロンビア大学教授)で作家のオリバー・サックス『道程:オリバー・サックス自伝』(早川書房、2015/12)を読みなおした。「神経多様性」という概念はエーデルマンの「神経ダーウィニズム(Neural Darwinism)」(1987)という学説と共に生まれ、発達してきた概念だと書かれており、西川氏の指摘が正しいことを知った。

 

『道程』の中にはサックスが経験したおびただしい「患者」の紹介があるが、その中に小保方さんそっくりの「症例」もあった。ただ「全く同じ患者」はいないとサックスはいう。

小保方について、上述の黒木氏の本に

「論文を書くために、このようなデータがあればよいというと、数週間後にできてくる。その上、彼女はプレゼンテーションが上手でCDBの執行部も感心するくらいだった。みんな、HO(原文のまま)はすごいと思うようになった。その一方、彼女の知らないような話をすると怒るので、怒らせないよう会話に気をつけ、誰も研究の話をしないようになった」(P.122)

というくだりが出てくる。「なぜ騙されたのか、少しは分かったような気がした」とも黒木氏は書いている。

一読しただけでは意味が腑に落ちなかったが、サックスの著書を読みなおして、黒木氏の文章を再読すると「怒らせないように会話に気をつけ、誰も研究の話をしないようになった」というところが、一番の問題だとわかった。CDBでは仲間うちでSTAP細胞研究がまったく議論されなかったことを意味している。執筆担当の笹井氏に疑問点を提示しても、そこから小保方に伝われば、どんな「激怒」が返ってくるかわからない。笹井氏も若山氏も小保方に「実験ノートを見せろ」などとはとてもいえなかっただろう。

要するに理研CDB軍団の中で「笹井小隊」は科学者コミュニティとしてまったく機能していなかったのだ。それが「CDB解体」の最大理由だろう。

 

「高機能自閉症」については、オリバー・サックスの『火星の人類学者』の同名章(早川書房、1997)を参照願いたい。賢明な読者には私の言いたいことがすべて伝わったと思うので、これで「STAP細胞」問題の話題終了としたい。