一遍と今をあるく

哲学カフェ一遍

藤村新一と小保方晴子

「旧石器遺跡捏造」事件を起こした藤村新一と「STAP細胞」事件の小保方晴子には類似点が多い。

1950年生まれの藤村は、仙台育英高校を卒業した後、東北電力の下請けで電気メーターをつくる計器会社で働いていた。入社4年目の1972年に宮城県古川市(現大崎市)で開かれた「考古展」で岩宿遺跡の発見者相澤忠洋の発掘物や業績に触れた。行商から身を起こした相澤に共感した藤村は東北大の考古学者グループに接近し、1974年「座散乱木遺跡」からの旧石器発見という「快挙」をなし遂げ一躍注目された。

トリックは簡単で、座散乱木の切り通しにある旧石器時代に相当する関東ローム層の中に、あらかじめ縄文石器を埋め、グループを案内してそこを掘らせるだけだった。「旧石器時代の地層からは旧石器が出る」と信じこんでいる、岡村道雄や鎌田俊昭は藤村の挙動を微塵も疑わなかった。

丁度ハーバードのバカンティが自説を補強してくれる小保方のプレゼンテーションを聞いて、その遺伝子解析写真がにせ物であると疑うことがなかったのと同様である。

藤村はその後も東北大学名誉教授の芹澤長介や岡村道雄(後に文部省調査官)の理論に合うような地層から、ますます古い前期旧石器を発掘して見せ、「ゴッドハンド」と呼ばれた。

その捏造、つまり石器を埋めている現場がビデオで撮影され、「毎日」のスクープ報道の対象となったのが、2000/11である。一時は50万年前の前期旧石器とされ、「日本原人」の存在すら唱えられたのに、すべては28年間にわたる意識的な捏造の産物だったと間もなく明らかにされた。(上原善広「石の虚塔」新潮社, 2014/8)

それまでの28年間、メディアは研究者の発表を鵜呑みにして垂れ流すだけで、「捏造の可能性」を考慮した報道はまったく行われなかった。旧石器考古学専門家からの内部告発があったが、「毎日」東京本社は取り上げなかった。北海道支社の編集局長の判断で、北海道で藤村が指導している発掘中の「旧石器遺跡」が対象とされたが、テープの入れ忘れという凡ミスをおかし、急遽、宮城県の遺跡に取材の場所を移し、スクープ映像の撮影に成功した。

img433小保方の場合は、1998年にバカンティから与えられた「宿題」の発表前に、自分で実験を行い、「スフェア」と呼ばれていた浮遊細胞塊が、OCTという未分化細胞に特徴的な遺伝子を発現している電気泳動の証拠写真を撮影した、と「手記」で述べているが、これが捏造の始まりと見てよいだろう。

喜んだバカンティが滞在期間を6ヶ月延長してくれて、一流誌PNASに投稿する論文ができたが、OCT+だけでは「多能性細胞」ができた証拠にならないと却下され、テラトーマ形成能とキメラマウス形成能という追加証拠の提出を求められた。

この実験はバカンティ研究室の手にあまるものだった。そこで理研CDBが共同研究の場所として選ばれた。理研CDBの幹部は小保方の「スフェア」がインチキだとは知らなかった。

STAP細胞が途中でES細胞にすり替えられたとは露知らず、キメラマウス作製と論文の形を整えるのに精力を使ったのが、若山氏と自殺した笹井氏である。

旧石器遺跡の虚構が破綻するのに28年もかかったのは、まともな検証報道がなかったことと、肝心の「知」が一部の考古学者に独占されていたからだ。ネットで話題になり、「脂肪酸分析」の問題が科学的に論じられるようになってから、「旧石器遺跡捏造」問題がネット上で決着するまで2ヶ月とかからなかった。

最初にネイチャーに拒絶されたSTAP論文の原稿を読んだ、西川伸一氏は「最終的に受理された論文と最初の論文の基本構造は変わらない」とブログで述べている。(「捏造の構造分析14」)

バカンティ研究室では「スフェア」と呼ばれていた細胞塊は、笹井が論文指導を担当するようになって「STAP細胞」と名称変更された。この細胞自体は増殖能がなく「特殊処理」(実はES細胞とのすり替え)をすると「STAP幹細胞」となり増殖能を獲得するとされた。

ネイチャー初稿から2度にわたる修正をへて、最終的に同誌に掲載された論文と基本構造は変わらないというのは、自己増殖のないSTAP細胞から、 自己増殖能がありテラトーマとキメラマウス形成能のあるSTAP幹細胞が樹立できるという、二段階の構造は同じで、それを「もっともらしくする」写真や図表(ほとんどが捏造か使い回し)が付け加わっただけだ、ということだろう。

これが2014/1/30にネイチャー誌上に発表されてからの「ネット査読」は凄まじかった。過剰な報道合戦で読者の興味が異常に高まっていたせいもある。2/7までの約1週間で、疑問点はほとんど出尽くし、「捏造論文だ」という評価は確定したと思う。

ネットの勢いに押されて、理研がしぶしぶ調査を始め、当初「翼賛報道」をしていた小保方と同じ早稲田理工学部卒の「毎日」須田桃子が批判的スタンスに変わり、批判報道を始めた。捏造論文など世の中に沢山ある。当初の「ノーベル賞も間近!」というような「理研・メディア」合作の大報道さえなければ、「STAP細胞」論文は第三者の再現実験ができず、線香花火みたいに消えて行く運命にあった。

事件の教訓から学び、「日本版ORI」の設立に寄与したというので「科学ジャーナリスト賞」が出るのならともかく、ネットでネタを仕入れ一転して「バッシング報道」をした須田桃子がこの賞をもらうというのだから、日本という国は変な国だと思う。